最高裁判所第二小法廷 昭和39年(オ)422号 判決 1965年12月17日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人古荘義信の上告理由第一点について。
原審の確定した事実によれば、被上告人日本鉄工株式会社は、上告人からその所有の本件土地を賃借し、地上に本件建物を所有していたが、昭和三四年七月中、判示の事情から、被上告人日産興業有限会社より会社運営資金の融通を受けることとなり、その手段として、本件建物を代金二三五万円で被上告人日産興業に譲渡し、その旨登記するとともに、昭和三七年八月三一日までに右同額をもつて本件建物を買い戻すことができる旨約定して、代金の交付を受けたというのである。しかし、本件建物の譲渡は、前示のとおり、担保の目的でなされたものであり、上告人の本件土地賃貸借契約解除の意思表示が被上告人日本鉄工に到達した昭和三五年三月一一日当時においては、同被上告会社はなお本件建物の買戻権を有しており、被上告人日産興業に対して代金を提供して該権利を行使すれば、本件建物の所有権を回復できる地位にあつたところ、その後昭和三六年六月一日、被上告人日本鉄工は同日産興業に対し債務の全額を支払い、これにより、両会社間では、本件建物の所有権は被上告人日本鉄工に復帰したものとされたことおよび被上告人日本鉄工は本件建物の譲渡後も引き続きその使用を許されていたものであつて、その敷地である本件土地の使用状況には変化がなかつたこと等原審の認定した諸事情を総合すれば、本件建物の譲渡は、債権担保の趣旨でなされたもので、いわば終局的確定的に権利を移転したものではなく、したがつて、右建物の譲渡に伴い、その敷地である本件土地について、民法六一二条二項所定の解除の原因たる賃借権の譲渡または転貸がなされたものとは解せられないから、上告人の契約解除の意思表示はその効力を生じないものといわなければならない。しかして、本件建物の譲渡についてなされた登記が単純な権利移転登記であつて、買戻特約が登記されていなかつたとしても、右の結論を左右しない。されば、上告人の契約解除の意思表示を無効とした原審の究極の判断は正当であつて、所論の違法はない。所論は採用できない。
同第二点について。
原判決が、被上告人日本鉄工が同日産興業に融資金を返済し本件建物の所有権を回復した旨判示していることは所論のとおりであるが、その引用する第一審判決の説示をあわせ考えると、右は、被上告人日本鉄工と同日産興業との関係において、本件建物の所有権が後者から前者に復帰したものとされた旨を判示した趣旨にほかならないと解するのが相当である。しかして、右事実は、先に、賃借人たる被上告人日本鉄工が同日産興業に対してなした地上建物の譲渡が終局的確定的に権利を移転する趣旨でないことを裏書するものであるから、本件土地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡または転貸がなされたかどうかを判断するにあたり、これを顧慮することは相当であつて、たとい被上告人日産興業が本件建物の処分禁止の仮処分を受けているとしても、その故に右所有権復帰に関する事実を前記判断の資料とすることが許されなくなるものではない。叙上と異なる見地に立つて原判決を非難する所論は採用できない。
同第三点について。
被上告人日本鉄工の賃借地たる本件土地上の本件建物を同被上告人に対する債権担保のため譲り受けた被上告人日産興業は、本件建物を所有することにより本件土地を占有しているのであるが、右土地について賃借権の譲渡または転貸がなされたものと認められないこと前述のとおりであるから、被上告人日産興業の右土地の占有は、被上告人日本鉄工の賃借権に基づく本件土地の使用収益の範囲内において、同被上告人から許容されているものと解すべきであり、しかも、上告人の側から、民法六一二条にいう賃借権の譲渡または転貸に当るものとしてこれに干渉を加えることができない結果として、上告人は、本件土地の賃貸借契約の存続している限り、右土地の占有を受忍すべき関係に立つものである。そうとすれば、本件土地の所有権に基づき被上告人日産興業に対し明渡を求める上告人の請求は失当であること明らかである。被上告人日産興業が同日本鉄工の上告人に対する賃借権に依拠して本件土地を占有している旨の原判決の説示は、用語がやや簡略に失するきらいはあるが、結局叙上の理を表明したものと解せられるから、所論の瑕疵あるものとはいえない。所論は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)